文化のみち

大正時代、この地区は企業家たちの屋敷町に。
発明王の兄・佐吉を支えた豊田佐助の旧邸など、当時の邸宅が今でも数多く残されています。
又、名古屋最古の木造教会・主税町教会も優美な姿をとどめています。


文化のみち二葉館

文化のみち二葉館

大正時代に「日本の女優第1号」といわれた川上貞奴が居住していた和洋折衷の貴重な建物を、創建当時の姿に移築復元し、文化のみちの拠点施設・文化のみち二葉館(旧川上貞奴邸)として開館しました。

館内では、文化のみちのさまざまな情報を発信するとともに、川上貞奴に関する

資料や郷土ゆかりの文学資料を展示しています。


旧豊田佐助邸

旧豊田佐助邸

豊田佐助は、発明王として有名な豊田佐吉の弟で、佐吉を支えた実業家です。

佐助邸 は、大正12年(大正4年の説も)に建てられた白いタイル貼りの洋館と広い間取りの和 館で構成されてす。

名古屋市が無償で借用し、イベントや講座などに利用しています。


市政資料館

市政資料館

大正11年に建てられたネオバロック様式のレンガ造りの建物で国の重要文化財「旧名 古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎」です。

市の公文書館として市政関連資料の閲覧 ができるほか、建物・ 市政・司法に関する展示を行っています。


橦木館

橦木館

陶磁器商であった井元為三郎が大正末から昭和初期にかけて建てた屋敷です。
洋館、 和館、東西二棟からなる蔵、茶席で構成されています。


カトリック主税町教会

カトリック主税町教会

明治20年(1887)名古屋、岐阜地方に初めてカトリックの伝道を行った医師・井上秀 斎とフランス人宣教師・テュルパン神父が当初は、武家屋敷を改築し教会として使 用。明治37年(1904年) 後任のシュレル神父によって、現在の聖堂(礼拝堂)が建てられた。

 


春田鉄次郎邸 (Restaurat DUBONNET)

Dubonnetのある春田鉄次郎邸は1824年に建てられ、かの有名な関西建築界の父『武田五一氏』が設計をしたと伝えられています。
レストランのある洋館部分とその奥の和館から構成されており、隣の旧豊田佐助邸とともに大正時代の建築様式を今に伝える貴重な建築物です。

1 階を見る

洋間

洋間

南洋間と同様、開放感のある採光。中庭へと続く。


洋間

洋間

北洋間は仏間として使用されていた。


天井

天井・灯具・床

天井や床のデザインはヨーロッパの宮殿を模して鉄次郎が自らアイディアを出し素材の選定にも加わったという。


換気口

換気口

東の応接室カバーにも家紋がデザインされている。


待合・タイル

玄関・待合

玄関横にある「待合」(人力車の車夫の供侍)は欧米風。タイルは80年経っても歪みのない平たさ。
「こんな仕事のできる職人はもういない」と専門家が絶賛。


ガラス戸

ガラス戸

面取りされたヨーロッパ製のガラスは陽を浴びると虹色に輝いて床を照らし、庭に面したテラスは軽食やガーデンパーティに利用された。テラス天井は網代。
床は大理石の寒水。扉の杷手は珍しいガラス製であった。


天井・灯具

天井・灯具

すばらしい素材:紅葉の一枚板で張られた天井。
設計者武田五一独特の特徴ある色使いやデザイン。照明器具も大正13年もの。


暖炉

暖炉

ヨーロッパ産大理石と木彫り技術の美しい暖炉が部屋を引き締めるアクセント。


欄間

欄間

内側の桐、外は紅葉の張り合わせ手法。
欄間の下の扉は今でも言う合板。
当時は大変貴重なものであった。


2 階を見る

ホール

2階廊下

ガラス灯の器具が残る廊下。


ホール

洗面所

当時の技を極めた洒落たタイル張りと型ガラス(洗面所)


洋間

2階洋間

秀逸なデザインと装飾と換気口のある南洋間の天井


階段灯

階段灯

計算しつくされたバランス。美しいフォルムの階段。


廊下天井

廊下天井

廊下天井


手摺に家紋の透かし彫り

手摺に家紋の透かし彫り

廊下から南庭園を見ると、こんな所にも家紋をおしゃれにデザインした凝った手摺がある。


琵琶台

琵琶台

見事な紅葉の一枚板。その暑さから樹齢がうかがい知れる逸品である。


洋間

洋間

天井デザインが秀逸。


欄間

欄間

朽ち木の欄間


洋間

洋間

元は和室。戦後進駐軍に接収されたとき洋間にされた。


作り付けクローゼット

作り付けクローゼット

棚は使いやすさ抜群の工夫が凝らされている。